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マロテスクとイリュージョン

アンジュルム 福田花音

福田花音さんは捉えどころのない魅力を持っている人である。

例えばハロプロを知らない人に対して、鞘師さんのすごさを説明するときに、「ダンスも歌もキレッキレですごいんだよ」と言ってMVを見せれば、相手もなるほどとなるのだが、福田さんの場合は、一言で説明するのは難しい。かわいいとか、不思議とか、楽しいとか、面白いといった答えは、どれも当たってはいるが、それだけでは核心を突いていない気がする。

イリュージョン

出すぎた杭は打たれない/ドンデンガエシ/わたし(通常盤C) アンジュルムのラスト・シングルの中の一曲の、福田さんが作詞した「わたし」のジャケットを見てとっても、微笑んでいるような、怒っているような、悲しんでいるような、喜んでいるような、どの感情とも取れる表情をしている。

音楽ライターの南波一海さんは、自身のUst番組「アイドル三十六房」の中で、福田花音さんと対談しているときに、「福田さんって、いつも話しているうちに、だんだん視界が霞ががってぼんやりとしてくるんですよね。分からなくなるんですよ、現実がなんなのか」と述べていた。

たしかに福田さんはその番組の中でも、「犬をハロプロに入れたい」と言い、その番組に前回出演したときには、「ユーチューバーになりたい」「家で妄想で番組をやっている」と話し、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。

この福田さんが作り出す「現実か現実でないのか分からない世界」、それは立川談志さんのイリュージョンなのではないかとふと思った。福田さんはウーマンラッシュアワーの村本さんの大ファンで、トークの中にも村本さんっぽい「盛り」を入れることが多いが、福田さんの世界にはそれだけでは説明のつかない何かがある。

立川談志さんはイリュージョンについてこう述べている。

“人間が本来持っている『イリュージョン』、つまりフロイトの謂う『エス』ですよね、言葉で説明できない、形をとらない、ワケのわからないものが人間の奥底にあって、これを表に出すと社会が成り立たないから、『常識』というフィクションをこしらえてどうにか過ごしている。”
立川談志『人生成り行き -談志一代記-』)

“現実にはかけ離れているもの同士を「イリュージョン」でつないでいく。そのつなぎ方に面白さを感じる了見が第三者とぴったり合ったときの嬉しさ。『何がおかしいのか』と聞かれても、具体的には説明ができない”
立川談志『最後の落語論』)

(引用)立川談志師匠の「松曳き」

現実にはかけ離れているもの同士を掛け合わせる、福田さんのトークにはそういった要素が多く含まれている。

「家でさあ寝ようと思って部屋に入ったら、ベッドの横で体育座りで座っている男の人がいて、なんだろう怖いなあと思いながらよく見てみたら、福士蒼汰さん似の人だったので、そのままほっといて布団に入って寝ちゃいました」
「ホテルで髪の毛を抜いてたらだんだん楽しくなってきちゃって、どんどん抜いてたら毛玉ぐらいの大きさになっちゃって、ゴミ箱に捨ててみたんだけど、ひょっとして掃除の人が見てオバケだと思って驚いたら大変だなって思って、メモに『これは私の髪の毛でオバケのしわざではないので安心してください』って書いて置いてきました」

これらの話が100パーセント作り話だとしたら、なぜこんな状況を思い浮かべることができるのか、という疑問が浮かび上がる。はたまた作り話でないのだとしたら、こんなことが実際にあり得るのだろうかという疑問が浮かび上がってくる。どこまでが体験談で、どこからが作り話かという境目が分からない。しかし、聴いていて頭の中で、ポンポンと画が浮かび、そこから想定もしない次の画へ飛んでいくのである。

なぜ、福田さんがこのような技法ができるのか。それはつんく♂さんの歌詞を深く研究しているからだろう。つんく♂さんの歌詞には「つんく♂ムーブ」と呼ばれる技法が登場する。

"宇宙のどこにも見当たらないような 約束の口づけを原宿でしよう”(モーニング娘。「Do it! Now」)

映像でいえば、宇宙の画があってそこから物凄い速さでズームアップして原宿の2人にフォーカスするといった感じである。「なんで宇宙のどこにもないものが原宿にあるんだろう」と一瞬思うのだが、なんだか分かるという感じになるのである。

福田さんはもともと、テレビやMCでも話を振られたりするのも嫌なほど話すのが苦手だったという。話すことを紙に書いて整理してから喋っていたそうだ。

つんく♂さんの歌詞の理解を深めるうちに、次第につんく♂ムーブを体得して、空想や妄想と現実の要素を自在に繋ぎ合わせてイリュージョンを作り出せるようになっていったのではないかと思われる。本人が言う「マロテスク」という世界観もまさにイリュージョンである。かわいいようで怖かったり、楽しいようで悲しかったりと、一定のところに留まる固定された観念ではない曖昧模糊としたものなのである(まろっぽいものは全部マロテスクという説明も本人はしているが、これはこれらのことを説明するのが面倒くさいため、ざっくりとそう言っているのだと思われる)。

業の肯定

立川談志さんが落語を突き詰めていく中で、落語の中にあるイリュージョンと同様に見つけたもう一つの大きな要素、それは「業の肯定」である。この「業の肯定」においても、立川談志さんが落語で業を肯定したように、福田花音さんはアイドルで業の肯定をしてきたと言えるのではないだろうか。

立川談志さんは業の肯定についてこう述べている。

「世間で是とされている親孝行だの勤勉だの夫婦仲良くだの、努力すれば報われるだのってものは嘘じゃないか、そういった世間の通念の嘘を落語の登場人物たちは知っているんじゃないか。

人間は弱いもので、働きたくないし、酒呑んで寝ていたいし、勉強しろったってやりたくなければやらない、むしゃくしゃしたら親も蹴飛ばしたい、努力したって無駄なものは無駄--所詮そういうものじゃないのか、そういう弱い人間の業を落語は肯定してくれてるんじゃないか、と」
立川談志『人生成り行き -談志一代記-』)

(引用)立川談志師匠の「落語とは、人間の業の肯定」論について | ポンコツ山のタヌキの便り - 楽天ブログ

つまり業とは、人間の弱いところ、だらしないところという意味である。落語に出てくるキャラクターには、かっこ悪くて仕事もろくにしない、冴えない人間が多い。しかし、落語を聴いているとそういったキャラクターたちが可愛く愛おしく思えるのである。

自らのファンに塩対応をしたり、「キモッ」とか「なめんなよ」と言ってファンが喜ぶアイドルはなかなかいない。それは立川談志さんの盟友、毒蝮三太夫さんが、ラジオでスーパーでの公開収録に集まったご高齢の方に向かって「ババア、死んじまえ」と言うと、場内が暖かい空気の大爆笑になる構図に似ている。

福田さん自身がヲタク気質なところがあるせいか、ファンからしてみると「どこか自分と似ているところがある」と思わせてくれるところがある。そうでなければ、自分の中のヲタクの気持ち悪い部分をイジられて嬉しくはならないはずである。

多くのアイドルの場合は、アイドルがアイドルの目線からヲタクの目線へ降りて行き、ファンは「こんな俺のことを一人間として見てくれるなんてありがとう(ぺろりん先生のマンガに出てくるメガネのヲタクの人が拳を握りしめながら涙を流している図のような感じ)」とカタルシスを覚え「ヲタでよかった」と思わせてくれるのだが、福田さんの場合はそう甘くはない。

福田さんはファンに対してもともと同じところにあった目線を、そこから思い切りずらしていくのだ。そうなるとファンは「あれ?俺ヲタクとして何か悪いところがあるんだろうか?俺はオタクでいいのか?っていうかそもそもヲタクってなんだ?」という渦に引きずりこまれるのである。そこで自分の業を認識するのだ。「自分って何でヲタクなんだろう?」という原点に立ち返ったとき、自分の業(この場合痛さやヲタヲタしさといったもの)が可愛く愛おしく思えてくるのである。

前例がないことが好き

「前例がないことが好き」な人と言えば、立川談志さんの右に出る人はなかなかいないだろう。談志さんは、落語家として前例のないことをたくさんしてきた。参議院議員になり、「笑点」を作り、落語協会を脱退、立川流を創設するなど、誰もが想像もつかないことを成し遂げた。

f:id:zakisan3:20151203022235j:plain 福田さんはアンジュルムを卒業後、作詞家に転身する。これもハロプロで前例のないことである。また、今までのハロプロの卒業では、卒業してから世間に再び登場するまで、少し間を置くのが通例だったが、福田さんは卒業の次の日からツイッターを始めた。これも前例のないことである。
しかもこの画像を見てみると、ひょっとしてこの写真は卒業する前に撮っておいたのではないか?福田さんだったらそれもあり得なくないと勘ぐってさえしまうところがある。さすがに卒業公演で疲れきった翌日にカラオケをいくのはさすがに大変だろう。
以前から卒業の次の日からツイッターをやろうと考え、そこでひとネタ用意しておこうと卒業の前の忙しいときに考えているというのがすごいとしか言いようがない。卒業すると多くのアイドルはファンから距離が離れていってしまうものだが、卒業して距離感が近くなるアイドルというのもなかなかいない。他にもユーチューバーをやりたいなど、いろいろ前例がないことを考えているようだ。

世の中には前例のないことを次々とやってのける人がいる。その人たちに共通するのは「前例のないことが好き」だということだ。

野球解説者の江川卓さんは現役時代、オールスターで、江夏豊さんの持つ9人連続三振にあと一歩の8人連続三振のところで9人目にバットに当てられセカンドゴロになり、江夏さんの記録に並ぶことができなかった。

普通の人だったら、よし、何がなんでも江夏さんの記録に並ぶぞと思うところである。しかし江川さんは違った。キャッチャーにストレートを要求しておいてカーブを投げたのだ。それが高めに浮いてしまいバットに当てられた。

なぜ、そんなことをしたのか。江川さんはなんと、10人連続三振を狙っていたのである。キャッチャーがこのボールを取れず後ろに逸らして振り逃げになれば、三振+エラーとなり、次のバッターを三振に取れば10人連続三振になるというのだ。江川さんは以前からこうすれば10人連続三振ができると同僚と話していたそうである。

そんなことを普通の人が思いつくだろうか。世の中の人たちは、「天才」だからあの人は前例のないことができたというのだが実際はそうではない。「前例のないことが好き」な人だから前例のないことができるのである。

福田さんも間違いなく「前例のないことが好き」な人だ。この人なら、ひょっとして、立川談志さんを超えるくらいの、世間をアッと驚かせることをやってくれるかもしれない。そんなアイドルは福田さんが初めてだ。

出すぎた杭は打たれない/ドンデンガエシ/わたし(通常盤A)

出すぎた杭は打たれない/ドンデンガエシ/わたし(通常盤A)